米沢弁 その1

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 こんちわ、シゲちゃんでーす。

さて、今日は方言について語りたいと思うわけであります。わたしの住んでいるのは山形県の米沢市です。1回目はその歴史的背景について考証してみたいと思うのであります。(お~アカデミックぅ!)

 わが米沢市は東北地方の南部、山形県。そのさらに南部に位置しております。南部、南部ときましたが冬は豪雪地帯でもあります。子供の頃なんか登下校中に、送電線が頭の近くにぶら下がっていたような記憶もあるぐらいです。とはいっても昨今の地球温暖化の影響か、子供の頃より積雪量は減ってきたような気もします。まあ都市部の除雪や排雪、河川整備の効果というか努力の結果かもしれません。この地域は、克雪(こくせつ)なんて言葉もあるぐらい雪との闘いの歴史でもあるんすね。

 そんな米沢市にも、もちろん独特の文化と方言が存在します。米沢市に隣接する南陽市、長井市、高畠町、川西町。少し遠いけど小国町、白鷹町、飯豊町を含めて3市5町を、置賜(おいたま、またはおきたま)地区というんすよね。ですから置賜弁ということもあります。

 わたしが思うに米沢弁は、山形県にありながら福島県の会津地方の影響を大いに受けていると感じます。おそらくこれは、歴史的に山形市(村山地方)より会津若松市(会津地方)や福島市との交流が影響したものと思っています。まあ明治の廃藩置県以降、中央政府が線引きしたわけで、文化の線引きとは異なるんでしょうね。

 米沢市は上杉氏の城下町。歴史的には伊達政宗の生誕の地ですが、江戸時代の国替えの影響で上杉氏が引っ越して?こられたわけです。ざっくり言っちゃうと、西暦1600年の国を二分する関が原の合戦で敗れた側に加担した上杉氏。まずは越後(新潟)から会津に国替えを命じられ、さらに米沢に国替えさせられた経緯があります。ここなんです。そう、ここで会津と米沢の接点が出てきます。上杉氏は多くのお供をともなって米沢に国替えされました。この時の影響が言葉に出ているのではないか?そう考えるわけです。

 わたしは以前、会社のバス旅行で会津の地を訪れ、会津白虎隊で有名な飯盛山やその近辺を周りました。この時に土産物屋さんや商店街、お世話になった旅館で聞いた言葉(方言)は、正に米沢弁だったのです。あれ?会津って米沢弁なのか?いえいえ逆でしょう。米沢弁が会津弁の影響を大きく受けていると思います。これはある意味カルチャーショックでした。

 こんな背景を持つ独特の文化と方言。探ってみると面白いすよね。これから少しずつ米沢弁を書こうと思います。お楽しみに。ではでは。

 
 

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