初めての飛行機

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はーい!シゲちゃんでーす。

 今日は初めて飛行機(ジャンボジェット)に乗った時のお話っす。1981年7月、別の記事に書いた経緯で夏季語学留学(約2ヶ月)をすることになったっす。いわゆる短期留学で行き先は米国のシアトル。開港して間もない成田空港から私にとって初のジャンボジェット機に搭乗つうことになったっす。

 この時代、大量輸送の幕開けを告げるジャンボジェットが次々に出始めてたんす。あんな重いものが飛ぶのだろうかという期待と不安でいっぱいだったすね。

 中学の頃、地元の新聞社(米澤新聞社だと思う)が体験飛行という企画をしていて同級生を含む数人が市内の中学校から選ばれ上空から米沢市を眺めたことがあったんすね。同級生に話を聞くと「とにかく高かった。」だけでよくわかんなかったっす。それが今、現実の飛行を目前にして多少ビビッてました。

 日航機墜落事故は、この時からほぼ4年後の1985年8月12日。墜落しないだろうか、死ぬとどうなるんだろう。様々な妄想がめぐりました。飛行機が何故飛ぶのか?その疑問を払拭(ふっしょく)するために本を読み漁りました。図書館や駅前の本屋さんでその手の本を読んでなんとか納得したんすね。Youtubeに飛行機の飛ぶ仕組みが載ってたんで見てくだせえ。



 推力と揚力なんすね。主翼のスラップとフラップで制御しているつうことが理解できました。ライト兄弟の頃から普遍の原理っす。航空力学の進歩っす。実際の映像で離陸や着陸時のフラップの動きを見るとよくわかるっすよ。「揚力が重力を上回った時、機体は浮く」これがすべてでしょう。頭のいい人っているんすねえ。



 さて、当時搭乗したのはノースウェストエアラインという会社。スチュワーデス(現在はFA:フライトアテンダント)さんは金髪の外人さんでコーフンしたのを覚えてます。

 シートベルトをして禁煙ライトが点灯。そして離陸開始。離陸時にトラブルが起きました。私の席の上部に荷物を入れてたんすけど、いきなり開いて荷物が落ちてきました。吉祥寺で買ったキッスのTシャツ等々が頭上から散乱。

「やべっ!どーすんべ!」

 すると金髪の美人のスチュワーデスさんが寄って来て「It's O.K.」と笑顔で荷物を拾ってくれました。キッスのTシャツを見て驚いてたっす。でもかなり恥ずかしかったっす。たぶん私の笑顔は引きつっていたと思うっす。同行した人から後で笑われました。

 およそ9時間ぐらいでシアトル国際空港に無事到着。途中ヘッドフォンで音楽を聴いたり映画を見たり初めての機内食を食べ夢のような時間でした。雲海の眺めも夢のようだったすよ。空港に着いて税関を通過。すると空港から電車が出ていました。驚いたのは自動ドアが開くとそこはプラットフォーム、ではなく電車のドアだったのです。ピッタリと電車が横付けしてあったんす。スゲーの一言でした。空調も完璧で過ごしやすかったっすねえ。

 約2ヵ月後、成田空港からバスで大学へ帰ったんす。空港を出た瞬間。異様に暑くて蒸し風呂状態。日本はいやだぁ、アメリカに帰りたいと真剣に思いました。シアトルに限って言えば湿度も低くて最適な環境でした。日本からフィリピンのマニラに行ったときも同じ思いをしたっすね。湿度は苦手です。

 今日は飛行機の話でしたが、次回は短期留学のお話するっすよ。息子さんや娘さんやお孫さんのいらっしゃる貴兄様。若い時には旅をさせろというっす。何物にも変えがたい体験をさせてやってくだせえ。すべてが人生の肥やしになるっす。金かかるっすけどねえ。ではまた。

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