私オカマでした(21)

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はーい!シゲちゃんでーす。

 放射冷却現象つうんすか、今朝の冷え方はきましたねえ。ゴミを出しに行くとあちらこちらが凍って滑りやすかったすよ。雪が降らないだけよしとせねばなんねえか。でも寒かったっす。さて、「私オカマでした」の21回目す。

母、上京

 新宿ゴールデン街の一角にある小さなオネエ系のお店「ナイトビーンズ」。明け方まで店は盛り上がりオカマのお店は大繁盛。やっとのことで自分の部屋に戻った私だったが、部屋のドアには上京したらしい母からの伝言が貼り付けてあった。近くの公衆電話から泊まっているホテルに連絡をとると、母が再び部屋に来るという。部屋に戻ると気を失うように眠りについたのだった。

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パタパタパタパタ・・

ヘリコプターの羽音で目が覚めた。何時なんだろう。目覚まし時計に手を伸ばし片目で時間を見る。

3時半近く・・もうすぐ夕方だ・・そろそろ起きないと。

母「やっと起ぎだみたいだな。」
シゲ「えっ!ああそうか・・。」

母とはおよそ11ヶ月ぶりの再会だ。正月米沢に帰って以来だった。

母「冷蔵庫、何も入ってねがら買い物してきてやったがらな。」
シゲ「いつからいたのよ?」
母「10時半ごろきたんだげんど、おまえ寝でっぺ?んだがら大家さんに自転車借りでスーパーさ、いってきた。冷蔵庫にいろいろ入(い)っちおいだがらな。んだげんど、いい大家さんだずなあ。皆自分の子供みだいなもんだって言ってけっちゃしよ。あとでお礼いっておいでな。」

あき竹城さん並の米沢弁だ。

シゲ「掃除、どうもでした。」
母「私は今日帰っこどにしたから。泊まっとまた金かがるし。」

シゲ「あそう。オヤジによろしく。」
母「よろしぐでないべ。おまえ、ちゃんと食ってだんが?」
シゲ「心配ご無用。なんとかなってる。」
母「大学さはちゃんといってんだべな?」
シゲ「それも大丈夫。たまに授業中寝てるけど。」

母「あぎれたやつだ。お父さんは、もうかまうなって言うっけげんど。大家さんと話したら時々朝帰りみだいだって言うべし、一体何やってんだ?まだ学生の身分なんだぞ。仕送りだってしてねべ?どうやって暮らしてんだ。家賃は払ってるみたいだげんど、アルバイトばっかりしてっと卒業でぎねぐなんぞ。遊び呆けでだりしたら、ただおがねがらな。」

シゲ「はいはい、ちゃんとやってっから、ほんとかまねでけろ(訛(なま)ってしまった)」
母「今日はガッコねえなが?」
シゲ「土日は完全休暇なんだず。バイトもしてねし。」
母「ほう、じゃあ勉強はいづしったなや。」
シゲ「学校でしてんべした。」
母「まあいいげんど、部屋の掃除ぐらいしとげ、このバガヤロが。」
シゲ「わがったがら、あどいいべ?」
母「んじゃ、大家さんさ挨拶して帰っからな。もう夕方だ、早く起きろ。」

まるで機関銃のような攻撃だった。母とバス停まで一緒に歩いた。母が少し小さくみえた。母を乗せた赤と白の小田急バスを見送った。親というものは子供がいくつになっても心配らしい。子供にとっては本当に面倒だと思う時期がある。親になって初めて理解できることもある。武蔵野も師走のはじめ。枯葉が道路一面を覆っていた。(続く)

→ 私オカマでした(22)

この記事へのコメント

  • 田村麻呂

    お久しぶりだずなあ、、親なんてもんは皆そんなもんだべず。間あけたらテンション変わったんじゃね?
    2017年03月13日 17:08
  • 咲次郎

    オカマですなんて言ったら
    親、泣くよ
    2017年03月15日 17:24

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