置賜のその昔を調べてみた(1)

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はーい!シゲちゃんでーす。

春めいてきた今日この頃、春の上杉祭りのポスターもちらほら見かけるようになったすね。米沢といえば上杉の城下町と言われるわけなんすけど、その歴史は意外に短いわけっすね。戦国時代から江戸時代初期の16世紀の末期に上杉氏が移封(いふう)されてから400年ちょっとの歴史なんすね。

それ以前といえば、伊達氏、蒲生氏、長井氏が支配していたということになってるす。伊達政宗氏は米沢城(現在の松ヶ岬公園)生まれってことすけど、館山城の可能性が高くなっているとのこと。米沢市の歴史についての記述は以下のようになってるす。

米沢市のホームページ「歴史と文化」
「米沢は原始・古代の昔から開発が進んだ地域で、数多くの縄文遺跡が確認され、中でも矢来の一ノ坂遺跡(国史跡)からは長さ43.5メートルの長大な竪穴式住居跡が発見されています。また、成島古墳や戸塚山古墳群などの古墳も多く、古志田東遺跡は9世紀頃の豪族屋敷跡として国指定史跡となっています。
 
鎌倉時代には、置賜地方を領した地頭・長井氏が米沢に本拠を置いたと伝えられます。その後、長井氏に代わり伊達氏が置賜を領し米沢城下が整備されました。「独眼竜政宗」として戦国の世に名を馳せた伊達政宗も米沢城に生まれ、25歳までの青年期を過ごしました。

江戸時代には、上杉景勝(戦国の名将・上杉謙信の後継者)が越後から会津を経て米沢に入封、重臣・直江兼続の指揮で城下が拡張され、現在の米沢市街の基盤が築かれました。」

米沢の住民としてはこれ、もう少し深く知りたい。次回もつなげます。ではまた。

この記事へのコメント

  • 長井豊作

    郷土史に興味を持ち始めましたか。いいことです。
    米沢における上杉の統治は豊臣時代から江戸時代。それ以前のほうがはるかに長いです。私は長井市在住ですが、長井市のホームページの歴史を見ると残念なことに全く書かれていません。長井市民はもっと歴史を学ぶべきだと思います。長井の教育委員会は何をしているのでしょうね。
    2017年04月09日 13:02

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